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劇団appleApple

applestage.exblog.jp

僕らがいた街、僕らのいない街。

永妻です。


そろそろバカみたいにユルいブログに戻りたいのに、


今日もちょっと、真面目な話になってしまうかも。





appleAppleは、


これまで関わってくださったみんなの劇団で、


恩田と二人の劇団で、


それから、本多巧さんと歩んで来た道、そのもの、でした。


今回の作品を最後に、本多巧さんは役者として休憩をされます。


ていうか、去年の作品が最後だったところ、今回無理を言って出演して頂いたんだ。





あんまり長く書くとベタベタするから短めに書きます。


自分が初めて企画制作を始め、appleAppleという名前を使い始めた、


2008年、第三回公演(実質的には第一回公演)の『人魚』という作品から、


2012年、第九回公演まで、7作品、すべてに出演してくださった。


短編や今回のコンクールを入れると、全部で9作品連続。


もちろん、過去最多出演。


誰よりも劇団に近く、深い存在でした。


手探りで、不安ばかりだった初期の作品からずっと、


役者として、演出補助として、裏方として、


指針となってずっと支えてくださいました。


演出でも美術でも、アイデアが欲しいときはいつもこの人に意見を求めた。


大抵はこの人を軸として、本や台詞を構成してた。


そして、誰よりも自分の本を理解して、演じてくれた。


今あるappleらしさは全部、本多巧さんと一緒に築いたモノです。





振り返ると、大抵、あの作品があの人と一緒に創った最後の作品だった、みたいなことになります。


今回、無理矢理お願いして、出演OKをもらったときに、最後のつもりで書こうって思いました。


そういうチャンスをくださったことに感謝しています。


この作品にはちょっと個人的な思いも込めました。


変わっていくけれど、きっとそれは悪いことではないし、変わらないことも、きっとある。


みたいな台詞は、あの街やあの二人のためだけの台詞、ということでもありませんでした。


「また戻ってくるから、ここに。」


という巧さんの最後の台詞を、たった一人、まったく違う思いで、稽古場で、音響席で観ていました。


あれは、とっても個人的な、台詞、だったりして。


なんて。


誰も気づかなかったのかなぁ





一番おつきあいが長いのに、同じ歳なのに、


未だに敬語で、未だに二人で会うことはないっていう、


ほどよい距離間の関係です。


そんな巧さんと一度だけ、長時間二人になったことがあって。


第四回公演の『崩壊』の折り込みに二人で行ったときなんですが、


そのときに、


「どんな劇団が好きですか?どいうところに出演されたいんですか?」


ということを訊いたんです。


すると、巧さんは、


「自分が面白いと思うところに出続けたいですね」


と、仰っていました。





本多巧さんが、ずっとappleAppleに出演し続けてくださったことが、


劇団の主宰として、僕の、一番の自慢と誇りです。


うん、最後まで、真面目になってしまった。


長い間、ありがとうございました。


おつかれさまです。
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by appleAppletheater | 2013-06-13 01:13 | 主宰
<< 書いてるよ。 ありがとうございました。 >>